通り抜ければ そこは宇宙だった
ココア、入りました ☺︎
ごゆっくりどうぞ。
立ち直る自分の姿を想像すら出来ない時、
「人生のどん底だ」と言ったりします。
どん底期。
「底まで行ったなら後は上がるだけ」という言葉の通りに、私は上ばかり見ていました。
(私の場合の上とは宇宙でした。以降の「宇宙」の部分を、「夢」や「目的」といった言葉に変えて頂くといいかもしれません。)
でも、これって焦るのです。
上がれば宇宙は近づくはずなのに、一向に近づく気がしません。
それどころか、ますます遠くなる気すらしてきます。
どん底と思っていた場所が、まだ底でもないことに気がついて、
どんどん沈んで、宇宙は見えなくなって、光が届かないくらいに辺りが真っ暗になって、一体自分がどこに沈んでいるのか、この先もまだ沈むのかも分からなくなりました。
底という存在すら分からなくなりました。
底が分からないから、上がるタイミングというものも分かりません。
もう1度宇宙が見たいともがいては、一向に浮上出来ずにに力尽き、ただただ沈む一方の日々を過ごしました。
力尽きた___
でもこれが、功を奏しました。
力が尽きて、もがくことが出来なくなったので、沈む方に加速がつきました。
これ以上沈むのかというくらい、まだまだ底につきそうにもありませんでした。
それでも、宇宙に憧れました。
深海の発見のように、底に沈めば沈むほど、本当の自分を発見することになります。
知りたくなかったし、向き合いたくもなかった黒い自分の存在に、弱い自分の存在に、受け入れがたい恐怖を感じました。
でも、浮上する余裕がないので余計な力が入りません。
更に、深くまで沈みました。
それでも、宇宙に憧れました。
長い間そうして沈み続けたある日、急にポツリ、ポツリとささやかな光が見えてきたことに気がつきました。
まだ底のはずなのに__です。
私は、浮上して宇宙にたどり着いたのではなく、底を通って、地球の裏側から宇宙にたどり着いたんです。
驚きました。
ロケットだって上に向かうから、うっかり底から宇宙に行けることを忘れていたんです。
もし、あなたが宇宙を目指しているのに、
「宇宙が遠くなる」と泣いているのなら、大丈夫です。
そこから、宇宙に行けます。
道が違うだけ。行き方が違うだけ。
でも、たどり着くところが同じならそれでいい。
たどり着くところは、たぶん、「よろこび」です。
どうでもいい世界なら、そもそももがくなんてしない。
どうでもいい人生なら、苦しい感情も湧かない。
どうでもよくなんてない。
大切にしたかった。
この世界も。私も。人生も。
生まれたのは、とても奇跡的なことだから。
宇宙まで行って(想像で、ですが)見ると、どんなに自分が奇跡的な存在なのかがよく分かります。
空気があって、水があって、土があって、火があって、生きることに必要なものが全て揃う地球という星が、どんなに奇跡的に存在しているのかということが分かると、よろこびでいっぱいになり、早く地球に帰りたくてたまらなくなりました。
「上」というものは、上にしかないと思っていました。
「上」はひっくり返せば「下」。
上は下で下は上。
この面白いトリックに気づいたなら、今自分がどこの位置にいようとも、ちゃんと自分の場所に戻ってこられます。
宇宙から地球に無事に帰還した今、現実が変わったわけではないけれど、私はこの世界が好きです。
次の物語へ